喉の中のひよこ【草の宿(352)】

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喉の中のひよこ【草の宿(352)】
「煮えたようだよ、食べよう。だけど火は残すよ。おじさん、いいかい」

 ストーブの火口の扉には、スライドする鉄板がついています。尋夫はその鉄板を閉じながら男を見上げました。空気の流れのシャッターなのです。鉄板を閉じると、火勢は一気に静まるのでした。

「それで丁度いいな。やっぱり山だ、里よりはよほど寒くなるようだ」

 尋夫が椀によそった鶏鍋の汁を差し出すと、男は手刀を切ってそれを受け取り、立ち上る湯気を慈しむように吸い込みました。

「いい匂いだ。こいつはいい。取れたてのトビダケの初物をいただくよ」

 濃厚な茸の匂いは、たちまちに蓋を取った鍋から膨れあがって、小屋の中に立ちこめそうなほどです。

 椀に口を付けて熱さも熱しの汁を用心深くすすれば、一口の汁がたちまち食道をざわめかせるのです。その瞬間、尋夫は自分がどれほど空腹だったかはっきりとわかりました。やっとこさ届いた食べ物に、喉元が一斉にさざ波を立てるような気配があります。
 思わず椀を膝において、尋夫は小さく呻きました。

「おいおい、あんちゃん、どうした」

 いきなりうつむいて呻いた尋夫を見て、驚いて男が聞きました。

「煮上がったばかりじゃないか。どうした、やけどでもしたか」

 涙目になった目を上げて尋夫は笑い出しました。

「やけどはしていないよ、すきっぱらにいきなりうまいものが入ったから、俺の喉のひよこがわめき立てているんだ」

「喉のひよこだと、なんのこったか」

「おじさん、気がつかなかったかい。この小屋にツバメが巣を作ってるんだ。親鳥が巣に飛び込んでいけば、中で雛がわめくんだよ。俺の喉の中の腹へらしのムシは、あのひな鳥みたいに総立ちだ」

 男は煙に巻かれたような表情を作り、それから大口を開けて笑い出しました。

「そう言うことか。あんちゃん、それほどに腹が減ってたとは知らなんだ。まあ、ゆっくり食おう」

 噛みしめればサクリとした歯ごたえがあり、茸の懐しい味が広がります。トビダケを食べるのは実に久しぶりでしたが、たちまちにその感触の爽快さと日向の匂いに、尋夫は思い出すことがいくつもあるような気がするのでした。

「あれを一つもらうぞ、あんちゃん」

 男は中腰になって、囲炉裏の上の格子棚の唐辛子をもぎながら言いました。

「辛みは酒の舌の目覚ましになるのだ」
 男がにやりと笑いながら言いました。


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