二人の酒宴【草の宿(350)】
男は煙管をくわえて、膝の上に新聞を広げていましたが、それを読んでいる風ではありません。ぼんやりと開け放した窓の外を眺めていました。
「おじさん、待たせてしまったけど、すぐに飯はできるよ」
尋夫が戸口で声をかけると、男は尋夫の方にゆっくりと振り向きました。
「有り難いな。風呂に入れてもらった上に、ごっそうにもなるとは思いもかけないことだ」
ストーブの上では、尋夫が仕込んでおいた鍋がまろやかに煮えたぎる音がして、鶏肉とキノコの煮え立つ匂いが部屋の中に充ちています。
鍋のそばでは、皮をむいていないニンニクが薄い煙を上げています。
「おや、そいつはどうするんだい、おじさん」
「おお、あんまり見事なニンニクだからな、こいつも入れたいのだが、いいか」
「それはいいな。だが、なぜ直接に鍋に入れないのかい」
「ほっくりと焼けたところを、食うのがうまいのだ。鍋に入れてよし、小塩をつけて、そのままでもうまいぞ」
たちまちに、尋夫はこの春に、先刻の崖下の雪洞で出会った男たちの、ウサギ鍋を思い出しました。あの、不思議にワクワクするような、ウサギ鍋の匂いにも、ニンニクは入っていたのです。
けれども焼いたニンニクの匂いは、それともかすかに違う、なんだか懐しくなるような甘い匂いです。
「おじさん、酒はこいつだ。どぶろくではないよ。爺ちゃんが置いていったものだ」
「驚いたな。あんちゃん、こいつは豪勢なことだ」
「まず一杯は冷やで飲むかい。爺ちゃんはそうしていたが」
「ありがとうよ。そうしよう」
尋夫がとくとくと一升瓶のままに、男の湯呑みの中に酒をつぎ終わると、男は無言で一升瓶を尋夫の手から取り、べつの湯呑みを差し出しました。尋夫は両手でそれを捧げるように持ち、今度は男がそれにとくとくと注ぎました。
男はもう一つの湯呑みに、酒を入れ、立ち上がりました。
おやと思いながら、見守っていると、男は湯呑みを持ったまま部屋を出て、窯の上の神棚の上にそれを供えるのでした。
シロツメクサをはんでいた馬が、首をもたげて、珍しそうに男の所作を眺めています。
「さあ、頂こう」
どかりと囲炉裡のそばに座り直すと、男はひょいと右手の湯呑みを持ち上げて見せました。尋夫もそれに合わせて、ひょいと湯呑みを額の上まで持ち上げます。
テクノラティプロフィール
男は煙管をくわえて、膝の上に新聞を広げていましたが、それを読んでいる風ではありません。ぼんやりと開け放した窓の外を眺めていました。
「おじさん、待たせてしまったけど、すぐに飯はできるよ」
尋夫が戸口で声をかけると、男は尋夫の方にゆっくりと振り向きました。
「有り難いな。風呂に入れてもらった上に、ごっそうにもなるとは思いもかけないことだ」
ストーブの上では、尋夫が仕込んでおいた鍋がまろやかに煮えたぎる音がして、鶏肉とキノコの煮え立つ匂いが部屋の中に充ちています。
鍋のそばでは、皮をむいていないニンニクが薄い煙を上げています。
「おや、そいつはどうするんだい、おじさん」
「おお、あんまり見事なニンニクだからな、こいつも入れたいのだが、いいか」
「それはいいな。だが、なぜ直接に鍋に入れないのかい」
「ほっくりと焼けたところを、食うのがうまいのだ。鍋に入れてよし、小塩をつけて、そのままでもうまいぞ」
たちまちに、尋夫はこの春に、先刻の崖下の雪洞で出会った男たちの、ウサギ鍋を思い出しました。あの、不思議にワクワクするような、ウサギ鍋の匂いにも、ニンニクは入っていたのです。
けれども焼いたニンニクの匂いは、それともかすかに違う、なんだか懐しくなるような甘い匂いです。
「おじさん、酒はこいつだ。どぶろくではないよ。爺ちゃんが置いていったものだ」
「驚いたな。あんちゃん、こいつは豪勢なことだ」
「まず一杯は冷やで飲むかい。爺ちゃんはそうしていたが」
「ありがとうよ。そうしよう」
尋夫がとくとくと一升瓶のままに、男の湯呑みの中に酒をつぎ終わると、男は無言で一升瓶を尋夫の手から取り、べつの湯呑みを差し出しました。尋夫は両手でそれを捧げるように持ち、今度は男がそれにとくとくと注ぎました。
男はもう一つの湯呑みに、酒を入れ、立ち上がりました。
おやと思いながら、見守っていると、男は湯呑みを持ったまま部屋を出て、窯の上の神棚の上にそれを供えるのでした。
シロツメクサをはんでいた馬が、首をもたげて、珍しそうに男の所作を眺めています。
「さあ、頂こう」
どかりと囲炉裡のそばに座り直すと、男はひょいと右手の湯呑みを持ち上げて見せました。尋夫もそれに合わせて、ひょいと湯呑みを額の上まで持ち上げます。
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