闇に匂う花【草の宿(346)】
「どうも厚かましいようだが、この小屋はいつ入ってきても、よそ様のところとは思えねえな。なんだか自分の小屋のような気がしてならないぞ、あんちゃん」
男は囲炉裏の前にどかりと座り込み、灰の中から熾火を掻き出している尋夫に言いながら笑いだしました。呵々大笑とはこんな笑いかも知れないと、尋夫は上目遣いで男を見やりながら感心してしまいます。
ランニングに半ズボンの目の前の格好では、ただの人相の良くないおじさんですが、着るものを着れば、ただごとではないような迫力が出そうです。
赤犬の毛皮でも着込んだならば、昔話の山賊に変身できそうにも思われました。
「おじさん、寒くないかい。日が落ちたら、ここはグンと冷えるんだ。寒けりゃ、そこのシューバを着込んでてくれよ。すぐにストーブに火を入れるから」
「確かに、里よりも夜気の冷えが違うものだなあ。だが、なに、俺は仕事を済ませたらいつでも裸なのだ。シャツ一枚でも、この季節、まさか凍死はしまい」
「おじさんがそのシューバを着ているところを見たいんだよ」
「なぜだ?この毛皮にくるまりたいほどの寒さとは思えないが?」
「なに、そいつを着込んだら、おじさんはジンギスカンのように見えるんじゃないかと思ったのさ」
「・・・ジンギスカンとはうまいことを言うな。本心は山賊と言いたいところだろう」
男はさらに大声で笑い出しました。
「そうだ、おじさん、風呂に入りなよ。風呂ならばすぐに湧くよ」
「おお、あの五右衛門風呂だな。あれに一度入ってみたかったのだ。そうか、ほんとにいいのか?有り難い。なに、それならば俺が風呂を焚きつけよう。・・・・俺のところなぞ、風呂釜はガスになっちまったんだ。女子供はあれがいいんだそうだが、じわりと湧いて来る薪の風呂に、もう一度入りたくてな」
男の言葉に、尋夫はにやりと笑いました。
「おじさん、五右衛門風呂の湧きの早さを知らないな。じわりどころの湧き方じゃないぞ。俺なんか、このごろは風呂に火を入れたら、そのまま水風呂の中にはいっちまうんだ。ブルブル震えて待っていたら、尻の下からすぐに熱くなってくるからな」
「なんてえ乱暴なやつだ。だけど楽しみだな。乱暴だがそれはおもしろい。俺もやってみたい。尻の下からチリチリと熱くなってくるのだな。よし、是非試そう」
男は大乗り気です。尋夫は吹き出しました。
「山の水の冷たさに馴れなけりゃ風邪を引くよ。まあ、少しだけ待っててくれよ。この湯飲みで二杯、渋茶でも飲んでてくれたら、すぐに準備ができる」
尋夫は囲炉裏の上の黒くすすけたヤカンを指さしながら、外に出ました。
風呂の焚き口にしゃがみ込み、樺の皮に火をつけて、イタヤの細木をかさねて行けば、炎はたちまちに燃え上がります。音を立てて焚き口が空気を吸い込み出すのを確かめて、乾いた薪をさらにかさねて行けば、火屋はまたたくまに大風が吹き抜けるような音を立てて燃えさかるのです。
馬が尋夫の背後から、実に興味深そうな表情をして、風呂の焚き口を見つめています。もしかしたら、この馬もおじさんのように、風呂の焚き付けを懐しく思い出しているのかも知れません。
黄昏時の風の中に、尋夫は炎の匂いとは別の匂いを覚えました。
それはハリエンジュの花の匂いです。夕闇を透かして、その木の方に目をやりましたが、花を見定められぬほどに闇は濃くなっていました。けれどもまぎれもない記憶です。
「やっと咲き出したようだよ、あの木だ」
尋夫は立ち上がり、馬に向かって語りかけました。指呼すれば、馬は尋夫の指先の闇を見つめるのでした。
テクノラティプロフィール
「どうも厚かましいようだが、この小屋はいつ入ってきても、よそ様のところとは思えねえな。なんだか自分の小屋のような気がしてならないぞ、あんちゃん」
男は囲炉裏の前にどかりと座り込み、灰の中から熾火を掻き出している尋夫に言いながら笑いだしました。呵々大笑とはこんな笑いかも知れないと、尋夫は上目遣いで男を見やりながら感心してしまいます。
ランニングに半ズボンの目の前の格好では、ただの人相の良くないおじさんですが、着るものを着れば、ただごとではないような迫力が出そうです。
赤犬の毛皮でも着込んだならば、昔話の山賊に変身できそうにも思われました。
「おじさん、寒くないかい。日が落ちたら、ここはグンと冷えるんだ。寒けりゃ、そこのシューバを着込んでてくれよ。すぐにストーブに火を入れるから」
「確かに、里よりも夜気の冷えが違うものだなあ。だが、なに、俺は仕事を済ませたらいつでも裸なのだ。シャツ一枚でも、この季節、まさか凍死はしまい」
「おじさんがそのシューバを着ているところを見たいんだよ」
「なぜだ?この毛皮にくるまりたいほどの寒さとは思えないが?」
「なに、そいつを着込んだら、おじさんはジンギスカンのように見えるんじゃないかと思ったのさ」
「・・・ジンギスカンとはうまいことを言うな。本心は山賊と言いたいところだろう」
男はさらに大声で笑い出しました。
「そうだ、おじさん、風呂に入りなよ。風呂ならばすぐに湧くよ」
「おお、あの五右衛門風呂だな。あれに一度入ってみたかったのだ。そうか、ほんとにいいのか?有り難い。なに、それならば俺が風呂を焚きつけよう。・・・・俺のところなぞ、風呂釜はガスになっちまったんだ。女子供はあれがいいんだそうだが、じわりと湧いて来る薪の風呂に、もう一度入りたくてな」
男の言葉に、尋夫はにやりと笑いました。
「おじさん、五右衛門風呂の湧きの早さを知らないな。じわりどころの湧き方じゃないぞ。俺なんか、このごろは風呂に火を入れたら、そのまま水風呂の中にはいっちまうんだ。ブルブル震えて待っていたら、尻の下からすぐに熱くなってくるからな」
「なんてえ乱暴なやつだ。だけど楽しみだな。乱暴だがそれはおもしろい。俺もやってみたい。尻の下からチリチリと熱くなってくるのだな。よし、是非試そう」
男は大乗り気です。尋夫は吹き出しました。
「山の水の冷たさに馴れなけりゃ風邪を引くよ。まあ、少しだけ待っててくれよ。この湯飲みで二杯、渋茶でも飲んでてくれたら、すぐに準備ができる」
尋夫は囲炉裏の上の黒くすすけたヤカンを指さしながら、外に出ました。
風呂の焚き口にしゃがみ込み、樺の皮に火をつけて、イタヤの細木をかさねて行けば、炎はたちまちに燃え上がります。音を立てて焚き口が空気を吸い込み出すのを確かめて、乾いた薪をさらにかさねて行けば、火屋はまたたくまに大風が吹き抜けるような音を立てて燃えさかるのです。
馬が尋夫の背後から、実に興味深そうな表情をして、風呂の焚き口を見つめています。もしかしたら、この馬もおじさんのように、風呂の焚き付けを懐しく思い出しているのかも知れません。
黄昏時の風の中に、尋夫は炎の匂いとは別の匂いを覚えました。
それはハリエンジュの花の匂いです。夕闇を透かして、その木の方に目をやりましたが、花を見定められぬほどに闇は濃くなっていました。けれどもまぎれもない記憶です。
「やっと咲き出したようだよ、あの木だ」
尋夫は立ち上がり、馬に向かって語りかけました。指呼すれば、馬は尋夫の指先の闇を見つめるのでした。
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