人殺し【西瓜(6)】

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西瓜(6)
 某が目覚めたのは、翌日の昼近くだつた。
 起き上がるまでもなく、頭痛が波のやうに頭の芯を叩いてゐた。

 細君が枕辺に寄つてきて、眉をひそめて言つた。

 「いやあねえ、いくら酔つぱらつたからつて、入口まで来て寝込むことはないでせう。あと十歩も歩けば家の中なのに」

 某は胡乱な目つきで細君の顔を見上げた。紛ふかたもなく、見なれた連れ添いの顔だつた。

 「俺は、玄関に倒れてゐたのだらうか」と、某は聞いた。

 「となりの奥さんが見つけたんです。私、ずつと気がつきませんでした。今朝、奥さんが、ご主人が入口の前で寝込んでますつてドアをどんどん叩いて知らせてくれたんです。
 朝から私は冷汗のかきつぱなしでした。
 どこでそんなに酔つぱらつたんです。
 あなたがそんな有様だから、頼りがひもなくて、私、ずつと一人で震へてゐました」

 「何を震へる必要があるんだ」と、某は不機嫌な声で言つた。

 「冗談じゃありません、あなた」

 某はその時になつて初めて、細君の太つた顔が青ざめてゐるのに気がついた。

 「何のことかね」

 「人殺しですよ、あなた。Sさんが殺されたんですよ。あの、すぐそこの畑の中で、Sさんが殺されたんですよ」

 某はギョッとして上体を起こした。

 「お前さんこそ、冗談を言ふな」

 「冗談なんか、こんな風に言へますか、ひどすぎますわ」

 「しかし、Sが殺される筈が無いではないか」

 Sといふのは、昨夜某を宴会に招いた例の友人のことである。

 「”筈”もなにもございません。私、見たんです。Sさんが・・・」

 某は唸つた。頭の中が煮えたつやうな気がした。

 「首だけなんですよ、それが、あなた」

 「なにつ」

 「Sさんの首が、男の人が持つみたいなハンカチにくるまれて畑の中に捨てられてあつたんですつて」

 某は、言葉も無く、細君の口元をながめてゐるばかりである。

 「私、見ました。Sさんの首」

 「冗談じゃあ、無い」

 某は再び仰向けに布団の上に横になつた。それからぽつりと言つた。

 「俺は、夕べ、あの畑で、西瓜を見た」

 「なんですつて」

 「西瓜だ。西瓜と、それから妙なものを見たんだ」

 「西瓜だなんて、そんなものがどうしたといふんです。あなた、Sさんが殺されたんですよ、起きてください」

 「一体、どうすればいいのだ」

 某は途方に暮れた顔で、青ざめた細君の顔を見つめた。

 「Sさんの家に行くんです。早く、行つてみてください。
 私はもう、あのハンカチでくるんだSさんの首を見ましたら、気の毒だとか何だとかいふより、もう、恐ろしくて、胸が潰されたやうで、苦しいんです。少し、横になります」

 「そのハンカチといふのは、どういうハンカチかね」と、某はふと聞いた。

 「何ですつて、ハンカチのことなんか聞いて、どうするんです。普通のハンカチです。白で、紺の縁取りがある男物の大きなハンカチ」

 細君は苛立たしさうに言つて、某を布団から押し退け、自分が横になつた。某は愕然として、細君の顔を見下ろしてつぶやいた。

 「そりゃあ、お前、俺のハンカチだよ」

 「なんですつて、何を言つてるんです」

 「俺のハンカチだよ、お前だつて知つてゐるだらう、紺の縁取りのある、俺のハンカチだ」

 「そんなハンカチなんて、同じやうなのがたくさん売つてありますわ」

 「いいや、そりゃあ、俺のハンカチなんだ。俺が夕べ、あの畑で落したんだ」

 某はともかくもSの家へ行つてみることにした。
 昨夜、一緒に酒を呑んだSの家である。某には信じることが出来ない。
 どこから起こつたまちがひなのか、それを確かめなければならないと思つた。

 例の畑のそばを通るとき、眺めやると、大勢の野次馬が黄色いロープを張り巡らした畑を取り巻いて騒々しかつた。

 やはり何かが畑であつて、それは人殺しかもしれない、しかしSといふことは絶対にあり得ないことだと某は思ふ。
 野次馬に混じる気にはなれず、駅に急いだ。
                   (続く)

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