腰痛幻想曲(ソレアレス)

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腰痛幻想曲
 石の壁を正方形に切り取つた窓に、肉体は今日も鳥の影がかすめるのを見た。

 ガラスのはめ込まれてゐない窓には、光の反射はなく、それが肉体の空のすべてだ。

 肉体は冷え切つた体を、ベッドのワラを詰めたマットの上にこわばらせて横たはり、俺の体は骨だけでできてゐると思ふ。

 油が切れて、さび付き、両刃が開かなくなつたヤットコだ。

 捨てられたヤットコ。

 両腕も、両足も、その関節は軋むのさ。

 肉体は、ヤットコを五つ、六つ、同時に締め付けるやうな音を立てて、上半身を右によじり、それからか半身もそれに従はせる。

 俺はまるで、肉体のように、俺のヤットコを動かすことができるのだ。

 肉体は息を吐き、ふと、安らかなひとときにひたる。

 肉体は今、石の壁に向き合つて、先刻、窓を横切つたものを待つてゐる。

 待つ?

 俺は待つてゐるのだらうか、と肉体は考へる。

 さうだ、待つてゐるのではない、余韻を慰んでゐるのだ。

 肉体は、ワラのマットに右の頬を押しつけ、両の目をふさぐ。

 夜更け。

 肉体は、瞳を開け放して、息絶えてゐる。

 むくろは、自分でも驚くほどの音を立てて、深いため息をつく。

 むくろは、かけてゐた白い布が、いつの間にか顔までずり上げられてゐるのに気づく。
 優しい誰かが、かけてくれた布だ。

 静かに布をとり、むくろはベッドを降りた。

 むくろはベッドの下から真鍮の燭台とロウソクを取り出す。

 ともされた光は灰色に輝き、石の壁に吸い込まれてゆくやうだ。

 空気は、むくろの肌と接するところで冷え、砂粒のやうな水滴をうむ。

 水滴は銀モールのやうに、むくろを包んでゐる。

 むくろは胸に手をあてがひ、できるだけ指を広げて、そこを覆ひ、つつまうとする。

 その部分は、大切なところに思はれたし、冷たい夜気はその部分に過酷に思はれたからだ。

 石の壁に切られた窓の一隅に、白い光が宿り始める。

 月は、むくろの視線をハリネズミの針のように突き立てられながらも、軌跡を変更するすべもなく、正方形の中央に至る。

 月は満月。

 臨月の妊婦の腹のやうな、氷砂糖に似た、つやのない白色をした、腫れた月。

 月は羊水のせゐでもあるまひが、体を小刻みに震はせてゐて、皺が模様を変へてゐる。
 安らかな皺よ。

 むくろはバイオリンを手にし、冷たい弓で、E線を、あらん限りの力で擦りあげる。

 音は、鋭く光る、矢になつて、ふるえる満月を貫くのだ。

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