水神様の境内で【叫び沢(10)】

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水神様の境内で

 部落の水神様の祭のために境内の草むしりに駆り出されたをりに、私は一つのうはさを耳にゐたしました。

 梅雨時の晴れ間に特有の蒸し暑さのなかで、人々は盛んに喋り、盛んに笑ひ、それは仕事といふよりも娯楽の寄り合ひのやうなものでござゐました。

 部落の中のあること、無いこと、飛び交ふその場かぎりの話の中から、奇妙にそのうはさだけは私の記憶に留まるのでござゐました。

 部落には一軒だけ畑作を営まぬ家がござゐました。

 炭焼きをしてゐる老人夫婦の家でござゐます。

 部落の南方のはずれにその家はござゐました。たいさう大きな家でござゐました。老人夫婦ではその大きさがかへつて手に余るらしく、どことなく荒れた気配が漂つてはをりましたものの、それでも貧しい暮らしをしてゐるとはその外観からはいささかも感ぜられぬものでござゐました。

 分厚い茅葺きの屋根、黒い壁板、黄ばんではをりましたが破れた形跡が無い障子など、通りすがりに眺めただけでも揺るぎないものが家の中にありさうに思はれたのでござゐます。
 主の老人が炭を焼くのも、糧を得るためではなく慰みのやうなものであることを私も聞き知つてをりました。

 私はこの家の昔を知つてをりました。
 あの家の昔には、たくさんの人々が立ち働き、今では思ひも及ばない賑ひでござゐました。
 母が生前語つてくれたことが記憶を作り上げたところもあるかも知れませんが、私もまた自分の目でこの家の庭で小さな子供達が何やらかしましく叫んでゐたのを見たのでござゐます。
 あれはおそらく老人夫婦の孫やらなにやらであつたものでござゐませう。

 それがいつの間にか皆が皆、去つて行き、老人夫婦だけになつてしまつたのは、その大勢の家族の中に病人が出たからだといふことでござゐました。

 それほどにこの家のありやうを変へた病といふものを、幼い私にはなにであつたかはわからず、母も教へてはくれなかつたのではありますまひか。何も知らない私には、かへつてわからないことが恐ろしく、人が口にするのさへ憚る病といふものを漠然と、しかし深々と記憶ゐたしたのでござゐます。

 水神様の境内に集つた人々の間で取り沙汰されてゐたうはさでは、その炭焼きの老人夫婦のもとに、若い女が暮らしてゐるといふことでござゐました。

 私の脳裡に、不意にあの人の姿が浮かびました。

 数日前の小山の上でのできごとがはつきりと蘇へり、あの何かしら不安なものを胸に湧き立たせた人と、古い、大きな、けれども今は人との交渉の無い家に、老人と住んでゐるといふ若い女とが、私の脳裡で重なり合ふのでござゐました。


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