決意【叫び沢(9)】

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決意

 平穏な生活といふものがありますならば、母の死から十年間の暮らしは本当にそれでござゐました。人の生き死にが、そのありやうのままに通り過ぎて行つた静かな日々でござゐました。

 けれどもあの人が現れて以来、私の胸の内に遠い日の思ひが蘇えるのでござゐました。その萌し出したものがなぜ不安であるのか、それすらも明らかではないままではござゐましたが。

 畑のただ中で、私はふと立ち竦みました。光茫のやうにその思ひは私の中に射し込んだのでござゐます。

 部落を出るのだ。ここでは無い、どこか、今は知らないよそのところで、今迄とは異なつた暮らしをするのだと、その思ひつきに私は目眩がしました。

 体が震へ、突然涙が溢れました。それはその時まで、私が抱いたことの無い思ひつきでござゐました。喜びといふのでせうか、こみ上げて来るものがあり、畑土に膝まづいて私は吐きました。

 鼠の腐臭の漂ふ小山の上で、私は決意ゐたしたのでござゐました。

 思ひ立つたその日のうちにでも部落を去るべきだつたのかも知れません。あの日のうちに新しい何かが始まつたかも知れないのでござゐますから。

 けれども立ち去る決意を胸にすると同時に、何かしらほのかに明かるい思ひが訪れ、それだけで今まで私の上にのしかかつてゐたものが溶けて行くやうに思はれたのでござゐます。

 私は冬になつた時を出発の時に定めました。何ほどの理由があつた訳ではござゐません。猫の額ほどな小山の上の畑地を部落の誰かに押しつけて、それで身辺の整理の大半は了はるはずでござゐました。あるひはそれすらも無用であつたかもしれません。

私にも、やはり生まれてこのかた生きて来たこの土地に未練があつたものでござゐませうか。



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