犬【叫び沢(4)】

ここでは、 犬【叫び沢(4)】 に関する情報を紹介しています。


 私が埋めた枡落としには、幾匹もの鼠が落ち込みました。

 毎朝水に溺れて膨れ上がつた死骸を取り出しても、翌朝にはまた同じほどの数の、幾匹もの鼠が落ち込んでをりました。毎日、罐の中から溺死した鼠を竹の棒を箸のやうに使つて取り出し、畑のあちこちに埋めました。

 一週間ほどもゐたしますと、小山の上には小獣の腐肉の匂ひが立ち篭めてまゐるのでござゐました。畑を守るためだ、ゐたし方ないと念じました。腐肉でいささかでも小山の土壌が肥えるのだと念じました。

 ある早朝、枡落としに二匹の犬が頭を突つ込まうとしてゐるのを見つけました。

 痩せ犬でござゐまして、そのせつついた様子から察して、二匹とも随分飢ゑてゐるらしく、私が大分近づいてからやつと頭を上げました。

 私は舌打ちをゐたしました。それから手にしてゐた鍬を振り上げましたが、犬どもはいつかな逃げやうとはゐたしません。低く唸り声を上げて、私を睨めつける始末でござゐました。

 私にはこの二匹が、自分らのみつともない行状を目撃され、自尊心を傷められたせいで抵抗するやうに思はれて、何だか哀れに眺めずにはをられませんでした。

 枡落としに引つかかり、溺死した鼠をあさることを、彼等なりに卑しい仕業と思ひ込んでゐるやうに思はれたのでござゐます。己れの卑しさを目撃され、取り乱してゐるやうに思はれたのでござゐます。

 ばかな犬達だ、この漂つてゐる腐肉の匂ひが嗅ぎ取れないのだらうか、これが畑のあちこちから湧き上がつてゐるのがわからないのか、わざわざブリキ罐に首を突つ込むまでもなく、匂ひが湧いてゐる地面を堀りたてれば餌はすぐ見付かるのに。

 私は二匹を追ひ散らさうとすることを止め、鍬を下ろしました。

 雑草でも毟らうと思ひました。素つ気無い素振りを見せれば、この犬達は枡落としから鼠を引き出す作業に戻り、やがてそれが無駄なことを知つて、立ち去るだらうと考へたからでござゐます。

 けれども犬達は私が干渉しない風を装つてもしつこく唸り立て、吠え、攻撃的な素振をやめません。踏んばつた四足は隙あらば跳びかからうかとしてゐるやうで、結局私は犬達から目を離すことができなかつたのでござゐます。



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