1960年マドリッド
トーケ概説(2)
職業演奏家は、独奏者としてであれ、伴奏者としてであれ、全ての主要なトーケの性質についての完全な知識を身につけていることが要されます。
独創的な演奏家になるためにはトーケの構造の中で、構造を壊すことなく、しかも新しいものをいかにして演奏するかを知っていなければなりません。
それらの構造の特徴や、フラメンコの高度な域に達している演奏家に影響を及ぼす動機を披露するために、ギタリストのホァン・マルティンは多くのトーケのうち最も重要なもの六つの性格について以下のような著述をものしています。
マルティン氏は、1960年代のマドリッドにおけるフラメンコの世界の記憶についての所見で書き出しています。
『十八歳の時、私は汽車でマラガからマドリッドに向かい、アンダルシアにそして“女友達”に別れを告げました。
首都に集っている偉大な人々からできるだけ学ぶために、私は既に“ドミンゴ・エステソのソブリノ(甥)”とも呼ばれるコンデ兄弟製作のギターを弾いていたので、マドリッドに着いてグラヴィナ通りの七丁目の彼らの店に行き、(???)ファウスティノとマリアーノに会いました。(三番目の弟フリオはアトーチャ通りの別の店で仕事をしています。)
待つうちに彼らは、私が今マドリッドに着いたばかりのことを知って、試作した様々な楽器を親切に見せてくれました。
私は知る限りをつくし、大胆にいくつかの楽器を弾き始めました。店内には二人の人がいるばかりでした。ケース作りの人と、ファウスティーナの作業椅子近くに立っていた中年の男でした。
私がセラーナスの半ばを弾いていますと、中年の男は私に近づいて来て話し掛けました。
『君の名前は?』
『ホァン・マルティンです』と、私は答えました。
すると独特なタバコに荒れた声が呟きました。
『私がニーニョ・リカルドだ』
私は、床の下に消えてしまいたくなるほどに縮み上がりました。
彼は私からギターを取り私が聞き知っていたヴァリエーションを正しました。
私は彼が時折、私とまったく違ったポジションで弾く箇所があるのに気づき、驚かされました。
とりあえず、我々は向かい側の酒場に、良質のマドリッドのtintorroを飲みに行きました。そして私が彼の曲を、レコード・プレーヤーの33回転から16回転の速度で、約1オクターヴ低い音で、流れ落ちるような曲の進行をゆっくり聴いて学んだことを説明しました。
以来折々、何か新しいことを学ぼうとコンデ兄弟のギター店に通いました。
午前中から、多くの有名な弾き手トカオーレが、そこに集まっていましたが、午後の五時頃にそれは最高潮に達しました。
そこで職業演奏家や、リカルドに会い、話をすることができたのです。
リカルドは、その街角近くに住んでいて、しばしば早口に喋り、タバコをふかしていました。
彼は瞬く間に灰皿を吸い殻で一杯にし、間をおいて最近作のヴァリエーションを演奏しました。
私はそれを熱心に聞き取り、アントン・マリンの自分のペンションに駆け戻ってその調べが頭の中に鳴り響いているうちに、自分で弾いてみるのでした。
何と素晴らしい日々だったことか!!
テクノラティプロフィール

トーケ概説(2)
職業演奏家は、独奏者としてであれ、伴奏者としてであれ、全ての主要なトーケの性質についての完全な知識を身につけていることが要されます。
独創的な演奏家になるためにはトーケの構造の中で、構造を壊すことなく、しかも新しいものをいかにして演奏するかを知っていなければなりません。
それらの構造の特徴や、フラメンコの高度な域に達している演奏家に影響を及ぼす動機を披露するために、ギタリストのホァン・マルティンは多くのトーケのうち最も重要なもの六つの性格について以下のような著述をものしています。
マルティン氏は、1960年代のマドリッドにおけるフラメンコの世界の記憶についての所見で書き出しています。
『十八歳の時、私は汽車でマラガからマドリッドに向かい、アンダルシアにそして“女友達”に別れを告げました。
首都に集っている偉大な人々からできるだけ学ぶために、私は既に“ドミンゴ・エステソのソブリノ(甥)”とも呼ばれるコンデ兄弟製作のギターを弾いていたので、マドリッドに着いてグラヴィナ通りの七丁目の彼らの店に行き、(???)ファウスティノとマリアーノに会いました。(三番目の弟フリオはアトーチャ通りの別の店で仕事をしています。)
待つうちに彼らは、私が今マドリッドに着いたばかりのことを知って、試作した様々な楽器を親切に見せてくれました。
私は知る限りをつくし、大胆にいくつかの楽器を弾き始めました。店内には二人の人がいるばかりでした。ケース作りの人と、ファウスティーナの作業椅子近くに立っていた中年の男でした。
私がセラーナスの半ばを弾いていますと、中年の男は私に近づいて来て話し掛けました。
『君の名前は?』
『ホァン・マルティンです』と、私は答えました。
すると独特なタバコに荒れた声が呟きました。
『私がニーニョ・リカルドだ』
私は、床の下に消えてしまいたくなるほどに縮み上がりました。
彼は私からギターを取り私が聞き知っていたヴァリエーションを正しました。
私は彼が時折、私とまったく違ったポジションで弾く箇所があるのに気づき、驚かされました。
とりあえず、我々は向かい側の酒場に、良質のマドリッドのtintorroを飲みに行きました。そして私が彼の曲を、レコード・プレーヤーの33回転から16回転の速度で、約1オクターヴ低い音で、流れ落ちるような曲の進行をゆっくり聴いて学んだことを説明しました。
以来折々、何か新しいことを学ぼうとコンデ兄弟のギター店に通いました。
午前中から、多くの有名な弾き手トカオーレが、そこに集まっていましたが、午後の五時頃にそれは最高潮に達しました。
そこで職業演奏家や、リカルドに会い、話をすることができたのです。
リカルドは、その街角近くに住んでいて、しばしば早口に喋り、タバコをふかしていました。
彼は瞬く間に灰皿を吸い殻で一杯にし、間をおいて最近作のヴァリエーションを演奏しました。
私はそれを熱心に聞き取り、アントン・マリンの自分のペンションに駆け戻ってその調べが頭の中に鳴り響いているうちに、自分で弾いてみるのでした。
何と素晴らしい日々だったことか!!
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