マニータス・デ・プラタ、ホアン・セラーノ、パコ・ペーニャ【フラメンコに於けるギター(7)】

ここでは、 マニータス・デ・プラタ、ホアン・セラーノ、パコ・ペーニャ【フラメンコに於けるギター(7)】 に関する情報を紹介しています。
フラメンコ(20)
フラメンコに於けるギター(7)

 ヴィクトル・モンヘ・セラニートは、パコ・デ・ルシアにも匹敵する、フラメンコを創造する新しい独自の気分を持った、すばらしい技巧を持ったギタリストです。

 彼もまた、型にはまらないコードを発表することを好んでいますが、その演奏は内省の度がより深く、より長い旋律が交錯し、ダイナミックな強さが、より多様に変奏されるという、異なった性格を持っています。

 セラニートは殆どクラシカルな純粋さや、句切り法を取り入れようとしてのみ技巧を用い、またトーケの感動の本質を表現する意図で、特殊な音に予期し得ぬ強調を施します。―――それは軽い、取るに足らないものの場合もありますが、時に暗鬱で非痛なものであったりします。

 過去20年間に及ぶ、様々な種類のギターへの愛好熱が、世界的に高まったことは、フラメンコ嗜好が拡大する一助となりました。新しい聴衆は、時に音楽の厳格な規範を、はみ出した演奏への、特殊な好みを押しつけることもあるのではありますが。

 1960年代には、南フランスのセート出身のジプシー、マニータス・デ・プラタの演奏が、ヨーロッパやアメリカ中の聴衆を興奮の坩堝におとし入れました。―――彼が奏でるフラメンコは、フラメンコという範疇には収まりきれないものですが。

 スペイン以外の国に、多くの聴衆が存在することは、何人かの演奏家に、その特異な演奏スタイルに暖かい待遇をしてくれる外国の地に住まう勇気を与えました。

 ホアン・セラーノの才気に満ちた技巧は、彼が一秒間に弾く音を増すことが、この音楽への興奮を駆り立てると信じて鍛練した結果であり、これによって彼は1962年のカーネギーホールでのデビューに成功したのです。

 1963年から、彼はアメリカに在住しています。ギタリストがスペインの外で発見した、異なった文化の姿勢は、時に本格的にフラメンコを見直すことができるような新鮮な音楽的創造をもたらし、そしてそれは従来の形を富ませることになりました。
 
 英国に住みついている、二人の精鋭演奏家、パコ・ペーニャとホアン・マルティンとは、どちらもスペインでは困難な音楽との繋がりによって、独自のスタイルを創造するのに助け合っています。

 パコ・ペーニャは1942年、コルドヴァに生まれ、幼くしてギターを弾き始めました。そして12歳の時、フォーク・ミュージック・グループでプロとして演奏した後に、間もなくフラメンコの伴奏者として腕を磨き始めました。

 彼が最初にロンドンに来たのは、1963年のことで、この地で独奏者として認められたのでした。ロンドンの聴衆は、彼を“採用”し、1968年以降、(おびただしい海外旅行やスペインへの帰国訪問を除いて)ロンドンに住んでいます。

 パコ・ペーニャは、サビーカスと、フラメンコ・ギターの技巧のあらゆる面を磨くという目的を共有しています。
 そしてその演奏で、良き音を得ようと努めています。
 彼の音楽は、気品に満ち、表出が無駄の無い感じでなされています。
 彼はサビカスやリカルドの伝統に、パコ・デ・ルシアやセラニートよりも近いですが、それでも確かに創造的音楽家です。

 彼は言います。

『もし、私がフラメンコについて何も感じないなら、演奏することを止めるだろう』
 
 パコ・ペーニャは、ロンドンで幾多のクラシカル音楽家と接触し、しばしばジョン・ウィリアムスとも共演しました。
 彼の演奏は、濃いフラメンコの血を保ちながら、クラシックの演奏家との接触によって楽節、そしてコンサートのいたるところに独自の鋭さをもたらす性格が強められました。

 『多くの独奏ギタリストは、良いものに磨き上げることなく、単に踊りの伴奏のために演奏します。
 しかし音楽には構造があります。―――序奏部、中間部、終曲部という具合いに。

 私は支離滅裂なファルセータは好みません。
 私はファルセータは独自のものであるべきで、それぞれの楽節も他から独立したものが良いと思います。
 そうあって初めて、コンサートで全体を通じての効果が発揮できます』

 更に演奏を整え、鋭くする必要を強調し、パコ・ペーニャは即興演奏の重要性を主張します。練磨、そして自発性を高めることによって、高度なスタンダード曲が生まれます。それを得るのは容易ではありませんが。

 『私は舞台上で、即興演奏する自由が好きですが、なお磨き上げる余地があります。
 感覚的に、かつ正確に演奏するためには。この仕事のためには、私の技巧は鍛練され、またより良く感ずることができなければなりません。
 たまに私はこのように感じなくなり、私が既に知っていることだけで済まさねばならなくなる―――これは私にとっては失敗です。例へ聴衆は、私が良い演奏をしたと思っても』



テクノラティプロフィール
アクセスアップ・SEO対策・検索エンジン登録

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://houshakuki.blog36.fc2.com/tb.php/42-5d4f1188
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
SEO対策:フラメンコ SEO対策:サイレントギター SEO対策:草の宿 SEO対策:ラ・ベジャ