ニーニョ・リカルド【フラメンコに於けるギター(4)】

ここでは、 ニーニョ・リカルド【フラメンコに於けるギター(4)】 に関する情報を紹介しています。
フラメンコ(17)
フラメンコに於けるギター(4)

 戦後の、目立ったギタリストには、ニーニョ・リカルド(マヌエル・セラピ1909〜72)がいます。
 彼はセヴィリャに生まれ、若いころにはハヴィエル・モリーナの第二ギタリストを務めていました。
 その経歴において、リカルドは、あらゆる最良の歌手と仕事をし、驚くべき広範なフラメンコの知識を体係だてたのでした。

 彼のソリストとしての、また伴奏者としての音楽に対する知識と感覚は、ギターの可能性への、生来の感覚的能力と、あり余る音楽的創造力とを総合し、天才を生んだのです。
 この天与のものと、経験との総合により、リカルドは今日のフラメンコの職業演奏者の世代の誰をも影響した演奏スタイルと、ファルセータの並べかたを開発したのでした。
 リカルドの圧倒的影響力の理由は、まさに影響を受けた一人、ホアン・マルティンの次の言葉に要約されます。

 『リカルドは、偉大な創造的な演奏家でした。
 彼の構想は、才気が充溢していました。彼は表現に新しい熱烈さを付け加えました。
 まず彼のソレアレスは、全く新しいものでしたし、ティエントスにおける力強さもそうです。これらに、彼は全く新しい異なった雰囲気を持ち込んだのでした。

 他の指と同様に、親指をも用いたラスゲアドの使用は、リカルドの特徴であり、より土俗的な、より親はしく覚へさせる音を生むために、セギリーヤスでこれを用いました。

 苦しんでいる人々の前での演奏ではない、楽しみのひとときのための演奏では、表現は厳しくなりました。

 リカルドは、まさにフラメンコをもたらしました。新しい和音、新しいリズムとハーモニーの着想をもたらし、我々はそれを学ぶことができたのでした』(引用は1975年のトム・エバンズのインタビューに答えたホアン・マルティンの言葉)

 リカルドの着想は、しばしば非常に演奏困難ですし、複雑な技巧が要求されますが、彼は見かけ倒しの技巧だけで、真の音楽的感覚の無い人々を“弦切り屋” と呼んで軽蔑していました。

 今日の定説では、彼自身は技巧派ではありません。
 一つの演奏を磨き上げる以前に、新しい節を思いつくと、彼の指は、時には思念の流れに乗ったペースを守り切れなくなりました。
 リカルドの演奏は、最初クラシックギタリストの磨きぬかれた音に、耳馴れた聴衆には、激しく乱れているように思われましたが、注意深い聴き手は、彼の音楽の力と独創性が啓示されるのを見落としませんでした。

 リカルドは、生涯における最後の二十年間、スペインのフラメンコギターの権威とされましたが、この時代には彼の他にも、偉大な演奏家、そしてこの楽器の発展に寄与した人々がいました。



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