メジロ
廊下で、聞き慣れない音がしました。新聞紙で壁をうち叩いてゐるやうな音です。
ドアを開けるとメジロが飛び回つてゐるのです。開け放してゐた窓から迷ひ込んだのでせう。
廊下の両端の壁には、電気メーターとガスメーターがそれぞれ取り付けられてゐます。そして壁には、それ以外には何もありません。
メジロはあちらのメーターからこちらのメーターへと飛び、私を窺ひ、さらにあちらのメーターへと羽ばたくのです。手のほどこしやうがありません。
廊下のもう一つの窓もいつぱいに開いて、そそくさと部屋にとじこもり、暫時、息を殺しました。
さて、もう窓から出ただらうと廊下に出てみれば、やつぱり電気のメーターの上にゐて、再び狂乱の舞ひとなりました。あわてて部屋のドアを閉じました。
メジロは春に、桜の花蜜を吸つてゐたところを見ましたが、こんな季節に、廊下で再会するとは思つてもゐませんでした。
もてなす術もありません。
客はパニックの真っ最中なのです。
天井の角にはりついてゐる、クモでも食べてお引きとりくださいとでも言ふしかありません。
家の中に飛び込んだ野鳥は、おうおうにしてガラスに激突して頓死することがあります。廊下のメジロを驚かせてはなりません。
こんな事を思ひ出しました。
開けていた窓ガラスにヤモリが張り付いてゐました。部屋の中に入らぬやうにと、さつと窓を閉じたときのことです。
何を思つたのでせう。ヤモリは発車間近の電車に駆け込むやうな勢いで、閃くように走つて、閉じた窓と窓枠の間に飛び込んだのです。
即死でした。
驚いて窓を開けると、ヤモリは夜の庭に落ちてゆきました。
ひとは思いがけない殺生をしてしまふのです。
私は廊下のメジロを思ひ、あのヤモリの記憶をよみがえらせ、決して覗いてはならぬと、まるで機を織つてゐる、おつうをのぞきたい与ひやうのやうな気分でした。
何かをなせば、何かが起こるのです。何もしてはなりません。
ドアに耳を押し当てました。
誰かが通り過ぎる足音がします。羽ばたきの音はしません。
ドアをそつと開けてみました。メジロはゐません。無事に退出してくれたやうです。
私はすこしばかり深めに息を吸ひ、それから開け放してゐた窓を二つ、しつかりと閉ぢました。
テクノラティプロフィール

廊下で、聞き慣れない音がしました。新聞紙で壁をうち叩いてゐるやうな音です。
ドアを開けるとメジロが飛び回つてゐるのです。開け放してゐた窓から迷ひ込んだのでせう。
廊下の両端の壁には、電気メーターとガスメーターがそれぞれ取り付けられてゐます。そして壁には、それ以外には何もありません。
メジロはあちらのメーターからこちらのメーターへと飛び、私を窺ひ、さらにあちらのメーターへと羽ばたくのです。手のほどこしやうがありません。
廊下のもう一つの窓もいつぱいに開いて、そそくさと部屋にとじこもり、暫時、息を殺しました。
さて、もう窓から出ただらうと廊下に出てみれば、やつぱり電気のメーターの上にゐて、再び狂乱の舞ひとなりました。あわてて部屋のドアを閉じました。
メジロは春に、桜の花蜜を吸つてゐたところを見ましたが、こんな季節に、廊下で再会するとは思つてもゐませんでした。
もてなす術もありません。
客はパニックの真っ最中なのです。
天井の角にはりついてゐる、クモでも食べてお引きとりくださいとでも言ふしかありません。
家の中に飛び込んだ野鳥は、おうおうにしてガラスに激突して頓死することがあります。廊下のメジロを驚かせてはなりません。
こんな事を思ひ出しました。
開けていた窓ガラスにヤモリが張り付いてゐました。部屋の中に入らぬやうにと、さつと窓を閉じたときのことです。
何を思つたのでせう。ヤモリは発車間近の電車に駆け込むやうな勢いで、閃くように走つて、閉じた窓と窓枠の間に飛び込んだのです。
即死でした。
驚いて窓を開けると、ヤモリは夜の庭に落ちてゆきました。
ひとは思いがけない殺生をしてしまふのです。
私は廊下のメジロを思ひ、あのヤモリの記憶をよみがえらせ、決して覗いてはならぬと、まるで機を織つてゐる、おつうをのぞきたい与ひやうのやうな気分でした。
何かをなせば、何かが起こるのです。何もしてはなりません。
ドアに耳を押し当てました。
誰かが通り過ぎる足音がします。羽ばたきの音はしません。
ドアをそつと開けてみました。メジロはゐません。無事に退出してくれたやうです。
私はすこしばかり深めに息を吸ひ、それから開け放してゐた窓を二つ、しつかりと閉ぢました。
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