二番煎じ

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涛藏伝

其の四 二番煎じ

「教へてやらう。涛藏のもとの名は吟助といふのだ。思ひ出したか」

 頭突に、瀧側は赫く爛れたやうな酔眼で、人の顔を下からのぞき上げるやうに見ながら言つた。

 なんといふイヤな目つきだ。俺は思はず目をそらして、しかし『思ひだしたか』と問はれたのが気になつて、瀧側の顔に向き直つた。

「思ひだすたあ、なんのことかね」

「この老ひぼれヤロー」と、瀧側が、いきなり声を裏返して叫んだのには、驚いた。

「なんだといふのだ、この酔つぱらひ。きさまの今は、生きざまの乱れを露はにしてゐるぞ。酔つぱらひの威嚇ほどに、みつともないものはないのだぞ」

「情けないやつ。俺が酔ひちくれやうが、キレてゐやうが、それは俺のはなしだ。俺はきさまの話をしてゐるのだ。この老ひぼれヤローの恍惚爺いヤロー。てめえが書いてをきながら、忘れるといふのは情けない。吟助の名に覚へは無いといふのか」

 ここに到つて、俺もやつと気がついた。
 俺はいつだつたか、瀧側に聞いた、吟助といふ男のことを書いたことがあつたつけ。

 俺は少し照れ臭くなつて、両の手をワザとらしくポンと打ちつけてから言つた。

「さういふことか。思ひ出したよ。あれは俺のブログで最初に書いた文だ。俺は過去は振り返らぬのだ」

「なにをキザつたらしく・・・・てめえが過去を振り返るもないだらう。このごろはロクに文なぞ書かずに、妙な品の広告ばつかりブログに載せてゐるではないか。小銭でもためやうといふ魂胆かよ」

 この一言はグサリときた。顔がカッと熱くなつたが、言ひ返す文句が見つからない。

「おや、グサリときたかね。黙りこくつたつて、無駄といふものだ。俺はきさまのブログをつぶさに点検してゐるのだ。ありがてえと思へ。
 さうだ。事のついでに言つてをくがな、きさまのあの吟助の文章の最後に、次のやうに書き加へてをけ。

 『佳矢がゐなくなつた家に、なほ吟助は一人暮らし、ある日渤然と胸中に衝動を覚え、かつての邑里にまみえた五人の婦のもとへ夜這ひをし、ことごとく首尾を果たして、大いに覚醒した後に邑を捨てた。
 実に涛藏、十七歳の旅出ちであつた。』

 さうだ。これであの一文を大団円にしとけよ。
 なぜといふに、涛藏はあれを機に、発心、改名して、きさまのところに現れたのだからな」

 俺はポカンとして、瀧側のセリフを聞いてゐた。

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