カンテ、バイレ、トーケの表現【フラメンコの起源と発展(11)】

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フラメンコ(11)
フラメンコの起源と発展(11)

 選ぶべき道は、いずれでしょうか。

 フラメンコは、今なおアンダルシアの伝統的環境の中に残っています。市や祭り、個人的宴、そして祝典に。
 このような催しは、勿論フラメンコへの興味の一部分しか満足させ得ないものであったがゆえに、フラメンコは再度、演奏会場に赴くことになったのでした。

 しかし今、コンサートの舞台や劇場に登場しているフラメンコは、古いスペイン舞踊や、“オペラ・フラメンコ”とは、非常に隔たったものとなっています。

 どこでも聴衆は、次第に型式の純粋性や、演奏集団の人格的要素を求めてもきています。
 彼ら自身、“純粋性”とは、何を言うのか知っていないのかもしれないのですが。

 外国の聴衆は、殊に“本物”を体験しようと願い始めています。
 多様な展開と、物語的な過去のショウは、ほとんど完全に飾り気の無い、主だったカンテ、バイレそしてトーケの表現に、とって代わられました。
 ギター独奏には、驚かされる代物が一般的に増えてきましたが、そのようなものはスペインより、むしろ外国で人気があるものです。

 多くのギタリストが、世界中、南アフリカや日本のような遠くまで、演奏旅行を行いました。
 そのうちの幾人かは、合衆国や英国に住みつきましたが、この両国は、コンサート活動の広い可能性と、時に他の音楽型式に触れる可能性があるある点で、魅力的なのです。

 写真記録の影響も非常に増しました。

 しかし人々は、英国やアメリカの会社に、良く知られた少数の演奏家によるギター独奏と同様に、他の人々のレコードも発行するように期待しているのです。

 このような状況を省みて、フラメンコ内部に、二つの主流の傾向を指摘できででしょう。
 一つは、完成された型式を遵守し、ドゥエンデやホンドの表現を探究しつつ、ある原初的純真性を追求する、伝統主義者です。
 それに対して、若いスター達が集う、演奏家の“近代的”学習所があります。
 スペイン生活の国際化、
 そしてフラメンコの主張が、瀕繁となった点を顧みて、彼らはその精髄を失うことなく、この芸術を近代化して紹介しようとしています。

 今日、我々は、和音を採り入れたもの、そしてコードの継続を採り入れたものを耳にしますが、それらのうち、いくつかは、ジャズやラテン・アメリカの音楽に影響を受けたものであって、十年前には考えられなかったものでしょう。

 どちらの傾向にも、進歩があり、危険も孕んでいます。
 もしフラメンコが、自ら、新しく近代的なものとならないならば、内部的枯渇と、聴衆の生活と興味から離反することで、死滅の危機に至るでしょう。

 けれども、この音楽の基本的なムーア風の型式、およびその深くて複雑な感覚を表現する能力を、どれだけ刷新することができるでしょう。

 過去の形跡を見れば、フラメンコは辛苦に耐えうる生存者であって、フラメンコの性質を理解し、自分自身をフラメンコを通して表現する必要を感じている演奏家がある限り―――そしてまた、例え少数であれ、聴こうとする聴衆があるならば、生存し続けることができるのです。

 哀歌としての芸術が、多数の無知な大衆によって、粗悪化、平凡化がなされてきたと言うことはできます。
 けれども新しい世代の演奏家は、成長を続けていて、新しい可能性に関りのある、伝統についての深い知識を総合し、そして彼らが全世界的聴衆を得ていることも真実です。

 そこにこそ、フラメンコがスペイン的基盤を失うことなく、国際芸術に成長し続ける萌しがあります。どのような結果であれ、可能性は高まりつつあります。


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