カフェ・カンタンテ【フラメンコの起源と発展(6)】

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フラメンコ(6)
フラメンコの起源と発展(6)

 19世紀の後半、フラメンコはカフェ・カンタンテの産物として初めて公演がなされました。

 最初のカフェ・カンタンテは1842年セヴィリャに開業しましたが、ほとんど注目されませんでした。
 しかし1860年代には同様なカフェが、アンダルシアの大都市、例えばセヴィリャ、グラナダ、カディス、ヘレスなどのみならず遠くマドリッドにも、更にそれ以外の地にも設けられました。

 典型的なカフェ・カンタンテは、パラフィンや油のランプに照らされた、大きな部屋がありました。
 部屋の一方の端には、小さな演奏用の舞台があり、たいていアンダルシアの光景、もしくは風景の典型とも言うべき絵が背景にしつらえてあったのです。

 その部屋でのくつろぎに際しては、早くから良い席を取ろうと集まった客で、混雑状態の小さなテーブルに、詰め合わされたことでしょう。
 ゆらめく煙に満ちた、薄明かりの中に座り、あらゆる階層、あらゆる職業の愛好家(アフィショナード)である見物客達が、演奏に見入ったのです。

 たいてい一人ないし二人の歌い手、三人から四人の女性の踊り手と、二人の男性の踊り手、そして二台のギターの伴奏からなる一団を、見物客は期待を寄せて見つめるのでした。

 19世紀後半は、フラメンコ演奏家にとってすばらしい時代でした。最上の演奏家を、しばしばカフェ・カンタンテで聞くことができたのです。

 広くフラメンコが公開されたのに伴って、カフェもまたアンダルシア人とジプシーの歴史の中に描かれることになりました。

 やっと自分達の芸術の公演で生業を得たジプシーの歌手達は、シギリーヤスや、ソレアレスや、マルチネスを、深味をもった感動的な形に形成しつつあり、また同時に溌溂として生気漲る、ブレリアスやタンゴスの演奏の第一人者ともなったのです。

 彼らの、洗練されていない、泥臭く、飾り気のないスタイルと、しわがれ声とは、マラゲーニャスやヴェルデアレスやグラナディーナス、タラントスのようなアンダルシアのカンテを専門にしたジプシーでない者達の、冷たくてより滑らかな技巧的スタイルとは対蹠的でした。

 カフェが生まれる以前の時代には、多くの芸人達は、一つか二つの彼らが生まれ育った地方の型式に巧みであったにすぎません。
 しかしカフェでの激しい競争と、演奏家同志の交流により、カンテ・ヒターノとカンテ・アンダルースの両方の多くの異なった型を修得した歌い手が現れるようになりました。

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