フラメンコの起源と発展(2)
その歴史を通じて、フラメンコの本当の価値の評価は、強い保守的な環境の中で妨げられてきました。
多くのフラメンコ愛好者は、一ないし二世代以前のフラメンコに、その理想的な表現の純粋さや迫力があったと思い込んでいます。
この風潮は現代に限るものではなく、この点に関する過去一世紀の、多くの論者の著作に見ることができます。
かくしてフラメンコの歴史は、深刻な誤解を繰り返してきました。
そもそもフラメンコは変化し、成長するものです。
生きている伝統のように、フラメンコは、不断にそれが根ざしている社会環境によって影響され、修正されるのです。
それは存在し続けるための、音楽の生命力に相違ありません。
この十年ほどのあいだに最も注目すべき、また広く人に知られるフラメンコ・ギタリストに成長したパコ・デ・ルシアが語ったことは、たしかに正しいのです。
『フラメンコはその原動力を不変の型で維持するには、あまりに多くの個性とそしてあまりに多くの特性と感情的力とを持っている』("Paco de Lucia"Guitar,April,1976.p.22)
フラメンコの歴史を追求するにあたり、フラメンコとは何か、またそれは何をなそうとするかを、より良く理解するためには、我々は、なお、違った難しい問題に直面させられるのです。
民族芸術としてのフラメンコは、その書き残された歴史をほとんど有しておらず、言い伝えも時には不分明であったり、混乱したりしているからです。
以前の大家の表現形式、歌、音楽構成、評判は、しばしば父から子へと、口伝や直伝の模倣だけで、世代から世代へと伝えられました。記録された音楽はほとんど無く、多くの演奏家は記録もシフラ(標譜の形)も読むことができませんでした。
レコード(古い演奏家は信用しない方法ですが)演奏家が、出現するまで、演奏された瞬間のその芸術の状態を永久的に記録したり、説明する方法はありませんでした。
フラメンコ発展の膨大な歴史の全て、そして過去の巨匠の芸術は、その時その時の証言や記憶に頼るしかありません。
信頼できる、事実に基づいた、音楽的なレコードが無いということは、我々には多くの場合、現在生きてある人の記憶にあるものしか知り得ず、遥に時代がさかのぼれば、より茫漠とした推測の域に入るしかないということなのです。
フラメンコという言葉の起源も、そしてそれが音楽を表現するために、いつ最初に用いられたかも不明です。
この言葉の派生には幾つかの説があります。
一つの説は、アラブ語のfelag menguのなまりだというものです。
その語義は『流浪の民』のことであって、彼らはムーア人がスペインから追放された後に彼らも駆逐されたことを、ジプシーに加わるようになって述懐したのだというのです。
もう一つの説は、より弱い説ですが、flameante(フラミンゴの意)の誤った発音によるものであって、音楽や音楽家の、野性的な激しやすい性格を表現するために用いられたというのがあります。
さらにべつの説は、flamencoの字義「フランダース(人)」に基づくものであって、16世紀にフランダースから来た下僕がチャールズ五世の戴冠式の従者になる、つてを求めたことによるというものです。
これらの人々は、明らかにかなり憤激や嫉妬の対象となったので、flamencoは、一般的に侮辱する時の言葉にあてられるようになり、やがてジプシーに向けて用いられるようになったというのです。しかし、真実は明かされていません。
その歴史を通じて、フラメンコの本当の価値の評価は、強い保守的な環境の中で妨げられてきました。
多くのフラメンコ愛好者は、一ないし二世代以前のフラメンコに、その理想的な表現の純粋さや迫力があったと思い込んでいます。
この風潮は現代に限るものではなく、この点に関する過去一世紀の、多くの論者の著作に見ることができます。
かくしてフラメンコの歴史は、深刻な誤解を繰り返してきました。
そもそもフラメンコは変化し、成長するものです。
生きている伝統のように、フラメンコは、不断にそれが根ざしている社会環境によって影響され、修正されるのです。
それは存在し続けるための、音楽の生命力に相違ありません。
この十年ほどのあいだに最も注目すべき、また広く人に知られるフラメンコ・ギタリストに成長したパコ・デ・ルシアが語ったことは、たしかに正しいのです。
『フラメンコはその原動力を不変の型で維持するには、あまりに多くの個性とそしてあまりに多くの特性と感情的力とを持っている』("Paco de Lucia"Guitar,April,1976.p.22)
フラメンコの歴史を追求するにあたり、フラメンコとは何か、またそれは何をなそうとするかを、より良く理解するためには、我々は、なお、違った難しい問題に直面させられるのです。
民族芸術としてのフラメンコは、その書き残された歴史をほとんど有しておらず、言い伝えも時には不分明であったり、混乱したりしているからです。
以前の大家の表現形式、歌、音楽構成、評判は、しばしば父から子へと、口伝や直伝の模倣だけで、世代から世代へと伝えられました。記録された音楽はほとんど無く、多くの演奏家は記録もシフラ(標譜の形)も読むことができませんでした。
レコード(古い演奏家は信用しない方法ですが)演奏家が、出現するまで、演奏された瞬間のその芸術の状態を永久的に記録したり、説明する方法はありませんでした。
フラメンコ発展の膨大な歴史の全て、そして過去の巨匠の芸術は、その時その時の証言や記憶に頼るしかありません。
信頼できる、事実に基づいた、音楽的なレコードが無いということは、我々には多くの場合、現在生きてある人の記憶にあるものしか知り得ず、遥に時代がさかのぼれば、より茫漠とした推測の域に入るしかないということなのです。
フラメンコという言葉の起源も、そしてそれが音楽を表現するために、いつ最初に用いられたかも不明です。
この言葉の派生には幾つかの説があります。
一つの説は、アラブ語のfelag menguのなまりだというものです。
その語義は『流浪の民』のことであって、彼らはムーア人がスペインから追放された後に彼らも駆逐されたことを、ジプシーに加わるようになって述懐したのだというのです。
もう一つの説は、より弱い説ですが、flameante(フラミンゴの意)の誤った発音によるものであって、音楽や音楽家の、野性的な激しやすい性格を表現するために用いられたというのがあります。
さらにべつの説は、flamencoの字義「フランダース(人)」に基づくものであって、16世紀にフランダースから来た下僕がチャールズ五世の戴冠式の従者になる、つてを求めたことによるというものです。
これらの人々は、明らかにかなり憤激や嫉妬の対象となったので、flamencoは、一般的に侮辱する時の言葉にあてられるようになり、やがてジプシーに向けて用いられるようになったというのです。しかし、真実は明かされていません。
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