ラッカー塗装のノルディックスキー【草の宿(56)】

ここでは、 ラッカー塗装のノルディックスキー【草の宿(56)】 に関する情報を紹介しています。
草の宿(56)

 ザッという音がして、軒端の雪が落ちました。
 それに続いて、屋根に残った雪が、ゆっくりと滑り出す、ギシリ、ギシリという音が聞こえ始ました。その断続音は、次第に、間隔が短くなり、ついには、ガリガリと波状トタンを激しくこすり上げる音になり、ドサドサと軒端をほとばしって落ちました。

「山側の屋根の雪も落ちてしまったか。今日は暖かいな。
 どうだ、雪が腐らん前に、沢の口あたりを滑ってみようか。コブシが咲いているかもしれん」

 祖父が、渋茶の残りをすすりながら、四枚ガラスをはめ込んだ小さな窓を見て、言いました。
 窓にも、今、日が差してきました。ガラスに霜着いた、シダの葉のような氷の模様が、水飴のように透明になり、溶け落ち始めています。

「よし、行こう。久しぶりにスキーを履いたら、たったここまでくる間に、肩口がギシギシいってるんだ。少し痛めつけて、活を入れようと思っていたところなんだよ」

 少年は、そう言って両肩をぐるりと回してみました。
 肩の関節に油が切れたような、グリグリした感触があり、二の腕には筋肉痛の予兆があります。
 少年は、いまいましそうに、その感触の部分を手で強く握りしめました。

「ひと冬を、かがみ込んで暮らしてきたら、体はなまるさ」

 祖父は、言葉を切り、少年の顔をのぞき込みました。

「だが、上の学校に行って、もしかしたら、おまえの山暮らしも、これがしまいかも知れん。町ではスキーは不要だからな」

 少年は驚いて、祖父の顔を見つめました。

「なんだ、じいちゃん。俺が山に来なくなるって言うのかい。そんなことがあるもんか。俺は、ここに、これからも何度も来るよ」

「そうか、」と、言って、老人は少し考え込む顔になりましたが、すぐに、言い難いものを飲み込むような、恥じ入るような顔つきで少し笑い、腰を上げました。

「まあ、それならそれでもいい。まずは、雪が腐る前に、コブシでも眺めに行こう。ついでに、今年のネズミの狼藉ぶりを見せてやろう」

 少年も、何か安堵したような気持ちになり、声を出さないで笑いました。

「じいちゃん、スキーはだいじょうぶかい。ネズミにかじられてないかい」

「バカを言え。ほれ、スキーはそこだ」

 祖父は、少年の頭の上を指さしました。
 梁に、スキー板がくくりつけられてありました。背伸びをすれば手が届く、低い梁です。
 少年は立ち上がり、スキー板をおろしました。

 古いスキー板でした。先端に突起のある、ノルディック型のスキーです。滑走面を会わせ、緩やかなアーチを崩さぬように、新聞紙を挟んで、丁寧に紐で結えてありました。
 紐をほどいてみると、しみこんだワックスで、滑走面はしっとりとした感触がありました。
 表面は、焦げ茶色のラッカー塗装が、まばらなほどに剥げ落ち、傷も無数にありましたが、丹念に塗られたオイルのせいか、木肌にはつやがありました。

「うまそうな色だな、じいちゃん。あそこに吊ってなければ、絶対に、こいつはネズミがかじりたがるよ」



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