鷹の爪という名のアイゼン【草の宿(30)】

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草の宿(30)

 家並びから漏れる明りも、まばらな時刻になっていましたが、満天の星と、雪が醸し出す光だけで、男たちには充分でした。

 男たちは、押し黙っていました。
 滑る橇の音と、防寒靴につけたアイゼンが、凍てた雪を踏み砕く音が、黒い家並びの影に響きます。

 歩調が一致して、橇の下の路面がなめらかなとき、足音と橇の滑走する音は活気を帯びます。
 男達は、なぜか、この律動を持続しようとはしませんでした。それは、橇の中の病人には、障る響きに思われたからでした。

 各々の足音が、一つの律音に収斂しそうな気配を感じる度に、男たちは、自分の歩幅を別のそれに伸ばしたりして、その解消にこれ努めるのでした。

 時に、その試みが和し、律音が別のそれにつながってしまうと、男達は胸のうちで小さく焦るのです。次に、彼らはそのように臆病になっている、自分を恥じました。腹に力をいれ、吐く息の煙を太めました。

 すると律音は四散し、ただの足音になるのです。男達は、やはり安堵しました。

 家並びが途切れました。
 二つのなだらかな斜面の間に、平坦な雪の腹が延びています。道は、他の雪面よりも、さらに夜の雪の青みが濃く、判然と遠くまで見通すことが出来ます。

「道なりにゆくか」
 橇の後ろの男が、つぶやくように、問うのでした。

「いや、山越えで」
 先頭の二人が振り返った。
 額につけたランプが、赤身を帯びた、弱い光を発していました。橇の後ろの男達は、その光の弱さに、改めて雪明りの濃さを知るのでした。

 先頭の二人は、顔を見合はせて相談しました。額の光に、互いに顔をそむけ合わなくとも良いことに気づいて、一人がランプを消しました。もう一人もそれにならいました。

「鷹は」
「四本爪だが」
「大丈夫だろう」

「鷹は」
 後ろの三人にも、声をかけた。

「こっちも四本爪だが、なに、行けるだろう」
 アイゼンを、つけていないものはいません。



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