最終列車の遠い音【草の宿(25)】

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草の宿(25)

 二人は、しばらく子供の寝顔を、のぞき込んでいました。

 安らかな寝息を、二人とも胸のうちで数えています。

 そのような事は、二人にとっては、甘い思い出になり掛かっている昔を、より幸福に、しのばせるものだったのです。
 二人の子供達は、みな成長していて、二人の幸福な思いと、いつでも重なり合うものではなくなっていたからです。

「この子は、大事にされている子よ。誰にかはわからないけれど、とても、かわいがられ方をしている子供だとおもうわ」

 それはいかにも当り前の事のように、瑞子は思いました。
 彼女はおかみさんの言葉を訝しみましたが、すぐにそれを撤回するのでした。
 その時になって、やっと、おかみさんも自分自身も、遠い回想の中に座っていることに気づいたからです。

 遠い音が聞こえました。最終列車の音です。
 ディーゼルカーの短い警笛が、かすかな余韻の波を夜の町に滲ませました。線路を巡る音が、常の夜にもまして、遥かな音に聞こえました。

 あたかも、自分達が、今まで思いを馳せていたところから届いた音のようでもありました。そしてまた、あたかも、線路の音のように、二人の短い夢も、意識の外に手繰り出されていったのです。

「中本さん、お帰りよ。どうやらやっぱり、お客は来そうにないし」

 おかみさんは、子供の顎にかかるほどに夜着をかけなおして、低い声で言いました。
 それから大儀そうに、帯の具合いを確かめ、それから思いだし事をしたように、手を止めました。瑞子の方に向き直り、始めて眠りからさめたような、はっきりした声で、しゃべり始めました。



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