教会で【草の宿(16)】

ここでは、 教会で【草の宿(16)】 に関する情報を紹介しています。
草の宿(16)

 教会の前にさしかかると、半円型の窓が真ん中からぱくりと外に向けて開き、ゴマ塩の坊主頭の頬骨がとびだした男が顔を出しました。
 教会のあるじで、教主さんと呼ばれています。

 教主さんの後ろから、数人の十歳ばかりの子ども達も、通りを眺めていました。毎週土曜の夜に、教会に算盤を習いに来ている子ども達でした。
 教主さんは、算盤が得意だったのです。

「今日も兎狩りか、そういえば土曜日だったな」

 教主が通りの男達に向けて話しかけました。

「算盤があるんだから土曜日よ」

 教主の後ろから女の子のはしやいだ声がしました。
 子ども達が笑いました。

 男達は教主の肩ごしに教会の中をのぞき込みました。

「先生の教主さんをからかっちやいかんわい。ちょっとは算盤の腕は上がったのか」

 男達の中でいちばん背の低い男が甲高い声で怒鳴りました。

「杉山のおっちやんだな」と、男の子の声が応じました。教会の内部に一斉に草葉が揺らぎだしたような音が起こります。それが子ども達のしのび笑いでした。

「おっちやんの鉄砲とどっこいどっこいだ」

 別の男の子の声が聞こえました。

「かなわんガキどもだ」

 背の低い男は、苦笑いを浮かべて、ストックを振り上げ、教会の内部を脅かす仕草をしました。

 雪の粉が、ストックの先からこぼれ、緑の色にきらめきました。教会の半円型の窓には緑の色ガラスが、はめ込まれていたのです。

「獲物はなんぼ」

 教主さまが聞きました。

「半日歩いて三羽っきり」

 赤犬の毛皮を着た背の高い男が、くわえていた煙草を、唾と一緒に吐き飛ばして、ガラガラ声でこたえました。

「おお、それでも大したもんだ。早く帰らにゃ、酒屋がしまうぞ」

 男達は、皆笑いだしましたが、それは教主さんへの、てんでの反応で、ついに一束の哄笑とはなりませんでした。その獲物の数に、男達はみな、かすかな不満を抱いていたからです。

 男達の笑いがおさまると、突然、教会の中にも、通りにも、深い夜の静けさが広まりました。それは、全く突然でした。それは、居合わせた人々の全部の顔に、一瞬、訝しむ色が浮かんだ程に、厳粛な静まり方でありました。

 教会の内と外とのやりとりの間中、それとは無関係に聞こえていた音が、笑い声とともに消えていました。人々は、この不意の静けさの理由を、やっと知りました。

 静けさの源は、男達の隊列に守られた箱橇の中で、誰よりも、その不意に訪れた静謐に驚いていました。

 西の空の、山脈に触れているあたりは、家並びや植樹の陰で、見ることが出来ませんでした。
 教会の上空は、太陽の名残で、はなだ色の一枚布で覆ったようです。

 教会の傍らの、林檎の木の枝に、針金で作ったような、細い月が引っかかっていました。



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