雑文

ここでは、 雑文 に関する情報を紹介しています。
サイレントギター日記(1)

 私はフラメンコギターを持つてゐない。持ってゐるのはクラシックタイプのギター二台。そのうちの一台に、ゴルペ板を張つて、フラメンコの曲を練習してゐる。

 それで特に不満はない。

 楓材のフラメンコギターに、あこがれのやうなものがあつた時もあつたのだけれど、是非にも入手したいという決意はつかずに来てしまつた。

 ある日、本当に久しぶりに楽器屋に出かけ、ギターをいくつか眺めてゐると、思ひがけなくもコンデ・エルマノスフラメンコギターがぶら下がつてゐた。

 私はしげしげと見上げ、それから、そのネックにくくりつけられた価格表を見て、思はず声を上げるところだつた。
 ・・・さやう、廉かつたのだ。

とは云つても、このごろのギター価格の動向といふのが、頭の中に入つてゐたわけではない。それでも、数年前までは、ギターの価格がずいぶんと高くなってきたといふ感を持つてゐたので、その価格には驚いた。27万円だつたのだ。繰り返すけれども、それが最近のギター価格の中で安いのか高いのかは、ほんとうはわからない。

 コンデ・エルマノスの隣に、ラミレスのクラシックギターも吊り下げられてゐて、それも同じやうな価格だつた。何しろコンデ・エルマノスに見とれて、ラミレスの正確な価格は忘れた。

 いかにブラ下げ展示をしてゐるとしても、コンデ・エルマノスには変はりはない。私はしばし、あれこれと考へずにはいられなかつた。つまり、少しだけ買ひたい気もちになつたのだ。
 当たり前だが、私のポケットに27万円があつたといふわけではないのだが。

 だいぶ長いことコンデ・エルマノスとにらめつこをしてゐたが、衝動買ひをするには、私にはちと高い。・・・いや、正直に申し上げれば、やはり十分以上にすぎる高さだ。

 前に書いたやうに、私は今持つてゐるギター二台で、それなりに満足してゐる。

 一台は河野、もう一台のフラメンコ練習用にしているのは、田村だ。
 どちらのギターも、入手したときにはそれなりに苦労をした。楽器といふのは、どうしてもエイッ、ヤッという気合ひのやうなものがなければ買ふことができない。

 コンデ・エルマノスの前で、私はしばらく待つて、このエイッ、ヤッが湧いてくるのかどうか、自分の胸の内をしばし検分してもゐたのだ。
 しかし、どうもそこまでには至らない。

 私は気を取り直して、楽器店の中をぼんやりとしながら歩いた。

 そのときに、ふと眼に着いたのが、これだつたのだ。




(詳細は画像をクリックしてください)

 楽器屋に来て、ひとつぐらひは手にしてみたい。私はその楽器を手にしてゐた。
 頼りがいのない、じつに軽い楽器だつた。あまりの軽さにコケさうになつたといふのはウソだが、なんだかそんな感じ。

 けれども弾弦した瞬間、何かがハジけたやうな気がした。まさか27万円の呪縛から逃れたくて心が急いだわけでもあるまひに、いきなりこれが欲しくなつた。
 この楽器で、私のギターがウマクなるとは思へないが、私がギターを手にする時間は、確実に広がるに違ひない。なにしろ不思議だが、ギターを弾きたくなるのは、もの皆寝静まる深夜の刻が圧倒的に多いからだ。
 その理由だけで、十分だ。思ひ起こせば、どうであれ、何か新しい楽器が欲しかつたんだらう。
 価格の呪縛も、やはり作用してゐたのだらう、廉からうと判断したコンデ・エルマノスの三分の一以下のそれに、私はふと油断したやうなのだ。

サイレントギターでフラメンコを弾くための一工夫
 何と言っても、ゴルペ板がついていないので、これをあつらへる必要があります。
 私のはヤマハ・サイレントギターSLG-120NW LABといふタイプで、これにはフィンガーレストがついています。
 これはラッキーな選択でした。サイレントギターの他のタイプにはこのフィンガーレストはついていないやうです。
 フィンガーレストだけでゴルペ板の代用には頼りないので、これに少し大きめの板を付ける。フィンガーレスト自体はしっかりしているので、簡単です。
 深夜の練習で音が気になるのであれば、フェルトか何か板面に布を貼ればいいでせう。

★サイレントギターの詳しい仕様頁へ
雪釣り
 子供たちが、雪釣りといふ遊びをするといふことを聞いて、ここが南の地であることをあらためて知る。

 雪中にまみれて育つ北の子供にとつて、口を開いて受けとめた甘い雪があつたとしても、それは広大かつ長大な白い季節の記憶のほんの片隅に、しまひ忘れられてしまふだらう。

 あるかなきかに舞ふ風花の中で、南の子供は、雪のもたらす心象をもつとも鮮明に記憶に膨らませるために、紐に吊つた炭のかけらをかざすのだ。

 よし長い辛棒の果てに、地の汚れにまみれない、白い鞠を諦めなければならなくとも、記憶に降り続く雪はそれ以後、純白であり続けるかもしれない。

 紐の中央に炭を結びつけ、降る雪の中でその紐の一方を捧げ持つ。
 紐のもう一方は垂れてゐる。
 舞ひ落ちる雪片を、紐の中央にくくりつけた炭で掬ひ取つて行く。

 炭の上に半球状に雪が積もれば、垂れてゐるもう一方の紐の端に持ちかへて、さらに炭で雪を掬ひ取つて行く。

 気が遠くなるほどの時を経て、炭はやうやく白い雪の球になる。

 あるひは無数の炭のかけらが、つひに白い球の夢をあきらめて、そちこちの路地に捨てられるのかもしれない。

 気が短い子供は、紐にくくりつけた炭を、降り積もつた雪の中に放り込むのだ。

 けれども地に落ちた雪は、すでに雪ではないとみる子供は、このやり方にいさぎよしとせずに、雪釣りの夢を、空をあふいで待つ。

 舞ひ降りてくる天のものである雪を、地のものとなる前に、白い鞠にとどめたくて。
あの家

 今では誰も住んではゐないが、僕には自分のある部分、それは頭の中でこねあげる思ひつきもさうだが、肉體の一部もまた未だあの家の中にゐるやうな気がしてゐる。家といふのはあの家のことであり、それ以外のものは自分には仮の宿のやうな気がしてならないのだ。

 一體あれはいつのことだらう、どんな季節だつたらう、と幾つもの情景が鮮明にあり、それだけがあらゆる状態、環境から遊離して幾つもの箱庭のやうに記憶されてゐるのである。あるひはあの家に住んでゐた時分こそ、自分に与へられた条件が濃縮し、結晶してあらかじめあてがはれてゐた全ての源ではなかつたか。
 時に僕はそのやうに思ひ、首をかしげてそのままに打ち過ぎて来たのだ。

 僕のその家での最初の気憶は、庭から眺めることができた南側の小山の山腹を、大人の男達がトロッコを押してゐるのを見たのがさうだと思ふのだが、その辺りは実は瞹昧なことには相違ない。あるひは正確を期するならば、気憶の最初期に位置する気憶の一つと言ひ変へるべきでもあらうか。

 そのやうな具合で、実に我事ながら、あらためて鮮明と思つてゐたことも文字にしやうとすれば、その色彩の既に褪せてゐることを認めざるを得ない程の時の風化にたぢろいでしまふのだ。けれども、あるひは文字にするといふ作業を通じてこそ、気憶を覆つてゐる埃の層を洗ひ落とし、漠然と希望によつてからうじて保たれてゐたものとは別の、確かな鮮明な風景が見えて来ないとは言ひ切れない。文字には、そのやうな力があるのではなかつたらうか。



テクノラティプロフィール アクセスアップ・SEO対策・検索エンジン登録

虫食ひの記憶

 中学の時分に受けた模擬試験にこんな文があつた。

 猛獣の記録映画、もしくは猛獣が出てくるドラマの映画に少年が憤る話で、なかなか面白かつたのだらう、記憶にとどまりながら、そしてこの手の文は記憶してゐると、いつか必ずまもなくその出典にでくはしたものだが、この一文はわからなかつた。当時の私には、作者すらも見当がつかなかつた。

 実を言ふとそれが小説の一節であるのか、エッセーであるのかすらもわからなかつたのだ。

 最近その出典がわかつたと書いたが、実は現物に出あつたわけではない。しかしたぶん山本周五郎の「青べか物語」がそれではないか。そしてそれならば合点がゆく。山本周五郎の作品はほとんど読んでゐないからだ。

 最近、「雨のみちのく」その他の周五郎のエッセーを読んでゐたら、曽遊の地浦安を訪ねる下りがあつた。「青べか物語」は浦安を舞台にしてゐるらしい。そしてそこにくだんの腹を立てた少年と同じ名前の、今は中年の男を訪ふ場面があつた。

 おや、こんなところにゐたのか。三十年、潜んでゐたのだな、とその時は思つた。だが、どうもちがふやうなのだ。

 「青べか物語」、読む。冒頭からなんだか杉浦明平の「泥芝居」を思ひ出した。それはさてをき、憤る少年の話である。例の模擬試験の問題文は、一章の全文を使つてゐたことがわかつた。ほとんど削除することなく使はれてゐたと思ふ。

 それはわかつたが、別の疑問が深くなつた。自分は山本周五郎の作品はほとんど読んでゐないと書いた。「さぶ」を読んだ記憶はある。「さぶ」と「鬼平犯科帳」がドッキングしたのに驚いた記憶があるからだ。それ以外はエッセーを読んだだけだとばかり思ひこんでゐたのだが、それ自体がまちがつてゐるやうな気がする。

 こんな奇妙なことがあるだらうか。自分は「青べか物語」をどうもすでに読んでゐるらしいのだ。

 何しろ模擬試験から今日までには三十年の年月がある。この三十年の間に自分はすでに例の文の出所を知つたときがあつたのだらう。そしてさらに読んだ事実をも忘れたものなのだらう。なぜならば自分は「泥芝居」によく似た小説がひとつあることを記憶してゐたからである。

 読み進むにつれてそこのところの真相はいよいよ不明になつてきた。「青べか物語」はエピソードを積み重ねて記された、ドキュメントを模したやうなつくりになつてゐるのだが、いくつかのエピソードには記憶があり、記憶されていいと思はれるエピソードにまつたく記憶がないものがある。かうした状況はどうして作られたか。

 まずもつとも考へられるのは本屋で立ち読みをしたといふケースが考へられる。「青べか物語」が山本周五郎の作品にあることは昔から知つてゐる。山本周五郎と云へば「おごそかな渇き」である。これは朝日新聞の日曜版に掲載され、作者の死によつて中絶した。当時中学生か高校生だつた自分は、掲載された「おごそかな渇き」が実におもしろくなく、途中で読むのを放棄した記憶がある。

 放棄してゐたら作者が死んでほんとに小説自体が途絶したのを知つて驚いた記憶もある。周五郎といふのはおもしろくなく、しかしおもしろくないといふ理由で、おごそかな死を迎へた作者に読むのをやめるといふ失礼なことをしたといふ記憶もある。山本周五郎といふ名は、山本有三を連想させたといふこともある。

 理不尽に勘定が高いと思はれながら、だいぶん通つたスナックのママが、小説は「さぶ」がいちばん好きだといつた記憶もある。いつたいにかうした記憶から自分が金を出して「青べか物語」を買つたとは考へられないではないか。しかしいくつかのエピソードには確かに記憶があるのだから、どうにかして読んだにはちがひ無い。本屋で立ち読みをしたのであれば、かうした章立ての構成であるから、虫食いの記憶になつたのも納得ができる。

 整理して見やう。「泥芝居」が朝日ジャーナルに掲載されてゐたのは確かに自分が高校生の時だつた。しかし読まなかつた。杉浦明平は花田清輝と並んで、敬して遠ざけてゐたからである。と、ここまで書いてから「泥芝居」を取り出してみると(読んだ本を本棚から外す癖の自分には珍しいことである)、何と「泥芝居」は「ジャーナル」ではなくて「海燕」に掲載されたとある・・・・???・・・・。

 しかも今の今まで「泥芝居」はちくま文庫だとばかり思つてゐたのだが、福武文庫ではないか。ここにいたつて自分は開き直らなければならない。事ほど左様に記憶といふものはいい加減なものであると。

 してみると明平氏が「ジャーナル」に書いてゐたのは「渡辺華山」のみだつたらうか。待ちなさい。自分は「泥芝居」が雑誌に掲載されてゐた時分には読まなかつたと書いた。それならば「泥芝居」が実におもしろいといふことは単行本で読んだからといふのだらうか。さうではない。修正。さうだ、「海燕」で読んでゐたのだ。

 読まなかつたのは「ジャーナル」の「渡辺華山」で、それならばそんな気がする。今でも読まないかも知れない。そして「海燕」ならば、さほどに古いことではあるまい。古いことは古いが三十年の以前といふことはない。肝心なのは「泥芝居」を読んだときに、なんだか似たやうな小説を読んだ気になつた記憶がある事で、・・・・おや、本当にさうだつたのか?そんなことはないのか?仮にさうであつたとすれば、「青べか物語」はそれ以前の、かなり古い昔にすでに読んでしまつてゐたと云ふことになるではないか。

 考へてみればなんだかそんな気もする。そんな気もするが判然としない。それならば「泥芝居」のおもしろさは記憶に残つていながら、似ていると意識した「青べか」をどうして記憶しなかつたのか。

 これ以上詮索しても無駄かも知れない。何しろ三十年は長い。そして長いばかりではなくて、この間といふのは、大酒を飲む日々が続いて前後不覚になることも多々あつたのだ。「青べか物語」と「泥芝居」を読了したのはいつだつたかなど、長い時を置いて前後が不覚になつたところで不思議ではないのである。




テクノラティプロフィール
アクセスアップ・SEO対策・検索エンジン登録

フクロウが啼いてゐる
 小舍の明かりが妙に暗いのが気になる。
 ガラス管は脂と煤にすぐにまみれる。
 窓から入る光は乱反射するから布を引いて、日中も手元明かりをつけてゐる。そのせいか明かりはじつに短い間だけの寿命らしくて、すぐに弱くなる。

 頭の中から字を出すだけならば不自由ではないのだが、他に書いたものを拾い直して移すことをしてゐると、変に目の芯が痛む。

 ぼおとした文字を見ながら、しかし手を休めたくはない。かういふ時にはまあ作業は進んでゐる方なので、それを止めるのはいやなのだ。どういふことになるのか最後までやつてやる。

 夜中になつてタバコが切れたから買ひにでる。

 外の空気が妙に甘い。どうかして汗ばみながら座つてゐて、頭が混乱してゐるせいだからだと、頭のどこやらで考へてゐる時があるが、さういふものもあるだらうが、実際のところ外気も暖まつてゐるのである。
 シャツの袖をまくり上げたままで歩いてゐても寒くはない。どこやらでフクロウがとぎれとぎれに啼いてゐるのが聞こえた。

 見上げれば意外にも星がたくさん光つてゐる。
 妙に白つぽい夜空で、年寄りの粉をふいた皮膚のやうな夜空だが、星はかぼそくも光つてゐる。

 先月の量を確かめたらあんのじょう微々たるものだ。
 どうしてもこれの倍ぐらいは行きたい。どうしてこんなもので終はつてしまつたのか今だにわからない。

 小舍にゐる時にはできるだけ書く。それが苦でもないし、どちらかと云へば何とかなるといふ気はする。しかし結果がついてこない。

 今からは、何も突き上げてよこす力を齎すものは無い。
 見るものも無いし、聞くものも無い。

 それはわかつてゐるし、それでもあえてやつて行くことにしたのだ。こんなものでは噺にもならない。敢て見ない目をつぶり、聞かない耳に栓をする気で始めたことである。 

 一日の作業から二・三百行をサックリと切り出して、それから明日に作業を継続するよすがを得られるといふ状態が、それは毎日さうありえはしないだらうが、理想なのである。

 小舍は小さな丘の中腹にあつて、そこからタバコを買いに歩いて下る。雑木の林の向かうに街の明りがあつて、それは天の星々よりはよほど数が多い。

 ぼうぜんとして夜の風にあたつてゐると、腹のそこから何だか非常に大量のものが口もとまで盛上がつてくる感じがした。

 このままではすまさない、といふ気になつた。
 それから突然、いまが例の時なのではないかといふ気がした。背筋を冷たいものが走つた。それをどうしてだか消し去らうといふ気分も起きた。しかしよくよく思つてもその理屈がわからない。

 自分はさういふ風に書き出したところで、だめなのだといふ気配である。しかし確実にそれで書くことができるのである。それはわかつてゐる。そしてそれが例へ無理であつたところで、無理は無理なりにそこに生じてしまふのである、なにものかが。
 それをしない手はない。

 俺は作つてゐるのではない、生きてゐるばかりさ。

 傲然と息を吸つた。畏れるべき何物もありはしないのだといふ気がした。そしてそれこそが書くといふことの第一の門だとも思つた。


テクノラティプロフィール
アクセスアップ・SEO対策・検索エンジン登録

SEO対策:フラメンコ SEO対策:ギター SEO対策:小説 SEO対策:方言